「少年が来る」文学紀行レポート

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昨年、ノーベル文学賞を受賞した作家ハン・ガン氏の代表作の一つ「少年が来る」は、作家の出身地で起きた光州民主化運動(光州事件)を題材とした作品だ。1980年5月18日の発生から45年となった2025年初夏、小説や作家ゆかりの地を巡った。

2025/5/30 (初日)
夕方、各自で光州市内のホテルに集合した。今回は約50人が参加した。

2025/5/31 (2日目・午前)
無等山人文祭りを見学

光州市東区が開催した無等山人文祭りを見学した。山道を20分ほど歩くと、伝統文化館に到着。伝統的な踊りや音楽を楽しんだ。
特設舞台では光州民主化運動をモチーフとした演劇が上演され、身近な人を失った悲しみが迫真の演技で表現された。

2025/5/31(2日目・午後)
国立5・18民主墓地
全南大

 

まず訪れたのは国立5・18民主墓地だ。高さ40mの追慕塔を見上げた。手で卵を包み込むようなモチーフは生命の誕生を思わせる。ここには民主化運動で犠牲になった人たちが眠る。参加者は花を手向け、黙祷を捧げた。
墓石の側面には生年月日と没年月日、背面には家族からのメッセージが刻まれていた。小説のモデルとなった少年、文在学さんの墓石もあった。
妊娠していた女性や献血中だった高校生の墓石もあった。解説を聞きながら、一人一人の人生があったのだと実感した。

全南大に移動した。芝生でくつろぐ学生らの姿からは想像が難しいが、45年前、まさにこの大学の正門で学生と戒厳軍が衝突。市全域にデモが広がった。
大学の敷地内にはハン・ガン氏が小説の執筆にあたって資料を参考とするために訪れた518研究所や、犠牲となった出身者らの銅像もあった。建物の一部には巨大な壁画が描かれており、大学全体が歴史を伝える重要な場となっている。

 
夜は再び無等山に戻り、「少年が来る」の韓日読者の夕べに参加した。ツアー参加者を含む8人が登壇した。うち一人の地元書店員は、春に「少年が来る」の読書会を開いた時のことを回想し、別の登壇者である報道関係者は自身が経験した災害報道と重ねて語るなど、それぞれが小説や抗争に対する思いを明かした。

2025/6/1 (3日目・午前)
光州劇場
書店「少年の書」
5・18民主化運動記録館
Bium(空)の博物館を見学

前日まではバスで移動したが、この日は市内を徒歩で回った。
前夜に開かれた読者の夕べ参加者が代表を務める書店「少年の書」を訪問した。ここには光州民主化運動に関連した本が並ぶ。代表によると、昨年12月3日に韓国で「非常戒厳」が出されて以降、書店に来る客が増えた。5月は訪問者が特に多いため、市内八つの独立系書店で「5・18ブックカバー」を作って配ったという。

書店の後は5・18民主化運動記録館を訪れた。入口には銃撃された痕が残る光州銀行の窓ガラスがそのまま展示されている。館内には海外メディアが撮影した抗争当時の映像や写真、目撃者の証言記録などが並ぶ。
また「少年が来る」の特別展示も開かれていた。太極旗で覆われた柩がろうそくに囲まれた再現展示を見て、小説の一場面をリアルに思い浮かべた。

 

2025/6/1(3日目・午後)
全日ビル245
旧赤十字病院
国立アジア文化殿堂(ACC)

午後は全日ビル245に向かった。軍のヘリの標的となったこのビルには、壁に無数の銃撃の痕が残る。
ビルの屋上から旧全羅南道庁や噴水台のある民主広場を見下ろした。敷地内には小説にも出てくる遺体の一時安置所「尚武館」もある。現在、この一帯は復元工事中で、来年、記憶を継承する展示施設に生まれ変わるという。

2014年に閉鎖されて以降、今年になって初めて公開された旧赤十字病院も訪れた。けが人は真っ先にここに運び込まれた。献血する人の写真や医療器具が当時の様子を生々しく伝える。外の霊安室には9人ほどしか入りきれず、他の遺体は外に置かれた。その後は民主広場の「尚武館」に運ばれたと小説の中にも記述がある。

 

国立アジア文化殿堂(ACC)に移動して展覧会を鑑賞した後は、全日ビルから見下ろした民主広場を実際に歩いた。今は憩いの場として穏やかな時間が流れるが、抗争が開始された日付にちなんだ午後5時18分、民主化を求める人々を象徴する歌「あなたのための行進曲」のメロディーが流れると、気持ちは一気にあの時を想起させた。

2025/6/1(3日目・食事会)
夜の食事会には抗争で家族を亡くした女性「5月の母」が参加し、小説のモデルとなった少年、文在学さんの母である金吉子さんの姿もあった。金さんは「(抗争を)世界中の人に知らせることができた」とハン・ガン氏に感謝した。

昨年ノーベル文学賞の受賞スピーチでハン・ガン氏はこう口にした。
「過去が現在を助けることはできるのか。死者が生者を救うことはできるのか」
昨年12月の「非常戒厳」の記憶も新しい中、光州で出会った人たちの多くがこのスピーチに言及しながらこう言った。「亡くなった人の魂が今を救ったのです」
今回の旅は、6月3日の大統領選投開票日直前だった。光州の至る所に候補者の横断幕が張られていた。光州は革新系政党「共に民主党」の地盤。「民主主義を回復する」と主張した同党の李在明氏が当選し、得票率は約85%を占めた。
「少年が来る」には、こんな一節もある。
<先に逝った方たちの魂が、目を見開いて私たちを見守っています>
死者の魂は確かに市民と共に存在する。光州はそれを感じさせる土地だった。

↓↓↓旅の様子のダイジェスト映像はコチラから↓↓↓

(文・写真 西日本新聞社 丸田みずほ)