『土地』の旅はこれから「文学で旅する韓国/統営・巨済島編」②

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2024/10/20 3日目・午前

巨済図書館訪問/捕虜収容所遺跡公園見学



統営市の東に位置する巨済島(コジェド)はチェジュ島についで韓国で2番目に大きな島だ。統営からは橋で繋がっていて、移動は極めてスムーズだった。
まず、巨済図書館を訪問して『土地』を献本し、文学評論家チョン・ホウンさんから「捕虜収容所と韓国文学」についての講義を受け、それを踏まえて「巨済島捕虜収容所遺跡公園」に向かった。朝鮮戦争当時、北朝鮮や中国の捕虜を収容した施設だ。どこかテーマパーク的な印象もあったが、写真やジオラマをつかって当時の再現が試みられていて、なにもない茫漠とした巨済島の空間に15万人の人間を収容した現代史の断面が顔をのぞかせていた。反乱もあり、収容者間の衝突もあったという。
崔仁勲の『広場』(クオン刊)の主人公は、ここから、北でも南でもなく、中立国に向かったのだ。                        (地図はコネストから引用)

 

2024/10/20 3日目・夕刻

「チャン・ソク詩人と一緒に詩を読む夜」

今回のツアーには詩選集『ぬしはひとの道を行くな』の翻訳をクオンから刊行したばかりの詩人チャン・ソクさんとその翻訳を担当した戸田郁子さんが参加、3日目の夕刻にはその出版を祝う会がコブクソンホテルのイベントホールで開かれた。
チャンさんは巨済島在住、戸田さんは仁川からだ。まず、詩人と翻訳者と、その二人を繋いだ韓国在住の建築家・富井正憲さんをまじえた座談会(写真:下右)。


つづいてチャンさんの詩集に解説を寄せた詩人の四元康祐さんが日本からツアーに参加され、この日のチャンさんとの対談に臨まれた(写真:下)。若くして詩人としてデビューしたチャンさんはその後長く詩作から遠ざかっていた。その沈黙をどのように考えるのか。食い下がる四元さんに、ゆっくり丁寧に言葉を選びながら答えていたチャンさんが印象的だった。

最後にチャンさんの詩選集の編集を担当した五十嵐真希さんを交えた記念撮影があり(写真:下)、詩と詩という人の営みをめぐる思索の夕べは終わった。

 
宇宙と海と

チャン・ソクさんの詩には宇宙が登場する。それが彼の詩の抽象度を高めているようにも思えるのだが、それを解くヒントが「詩の夕べ」の前にあった。
その昼、ツアー一行は巨済島でチャンさんが経営する水産加工の工場(写真:下左)に案内されて、そこの社員食堂で昼食をご馳走になった。詩人であるチャンさんは牡蠣の養殖に携わる実業家でもあるのだ。その彼は夜に詩を書くと言う。目の前は遥かに多島海の島影をうかがう静かな海だ。晴れた夜には満天の星と海だけがある。ここで宇宙が出てこないわけがない。「わたしの後ろに銀河が流れ/わたしの前には紅梅の咲く春がある」と書き出された詩は「すべての宇宙がわたしの背後だ」と結ばれている。


 

2024/10/21 4日目最終日・午前

統営市庁訪問
市庁舎の玄関前で市長に『土地』を贈呈。一冊ごとに全20巻が手渡された。


 

2024/10/21 4日目最終日・昼

ツアーは釜山で昼に解散。最後の訪問先である寳水洞(ポスドン)にある書店・アテネ学堂(写真:左の中央のビル)で、詩人で同地区の古書店街の活性化の活動もしているイ・ミナさんの話をお聞きした。

 

『土地』の旅はこれから

文旅ツアーが解散した寳水洞の大通りを右手に釜山タワーを見ながら東に向かって歩いていくと、道は下り坂になってすぐに地下鉄の中央駅に行き着く。その先はもう海だ。かつて関釜連絡船が着岸と出港を繰り返した港がそこにある。
今回私は往復ともに関釜フェリーを利用したが、『土地』の登場人物に限らず、韓国文学の中でも多くの人々が行き来した、その跡をなぞってみたかったといえば、人は「聖地旅行」趣味だと嗤うかも知れない。しかし、「聖地」というにはあまりに多くのことが不問にふされ、忘れ去られようとしているのではないのか。
『土地』の著者・朴景利は躊躇なく日本と日本人を批判している。その批判は、日本と日本人の精神の出処にまで遡っているように私には読める。その批判にどう答えるのか。どう答えることができるのか。

この度『土地』の日本語訳、全20巻が完結した。それを祝う会が今回のツアーだった。しかし、それがどれだけの人に読まれるのか。また、どう読まれるのか。それは未知数だ。その先は読んだ者たちのこれからの取り組みにかかっている。帰りのフェリーのなかで、船のかすかな揺れを感じながら私は思った。『土地』の旅はこれからなのだ。

最後にこのツアーに関わったすべての方たちに心から感謝の気持ちをお伝えします。今回も様々な出会いに恵まれました。また、通訳を担当してくださったイ・ヒギョンさんと丸山雅子さんはお名前を記して感謝です。私のツアーはお二人に助けられて初めて成り立っています。

写真+文:山岡幹郎