皆様のおかげです―新韓銀行創業者、李煕健回顧録

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金融事業によって母国の発展に貢献し
新韓銀行の神話を想像した李煕健の回顧録

1917年に慶尚北道慶山に生まれた李名誉会長は、十五歳の時に裸一貫で日本に渡って実社会に飛び込みました。そしてさまざまな逆境を乗り越え大阪で一流の金融人となり、1982年7月7日に在日同胞の株主を主軸にした新韓銀行を韓国に設立するに至りました。

金融によって母国の発展に貢献することを生涯の目標と定め、また率先して在日同胞社会を発展させる運動の先頭に立った李名誉会長は2011年3月21日に惜しくも世を去りました。

韓国と日本の金融界に大きな足跡を残した人物でありながら生前はけっして自らの業績をひけらかしたりはせず、周囲から回顧録や自叙伝を書くよう勧められても、そんな類の本では美化されるだけだと言って固辞していました。しかし晩年には後世の参考となる体験や経営哲学は記録に残すべきだと思い直し、インタビューに応じてくれたのです。


その口述筆記に加え、国内外の関係者の証言、マスコミのインタビュー記事などを再構成し、ここに『李煕健回顧録』を刊行致します。積極的に証言して下さったご遺族と関係者の皆様に、深く感謝申し上げます。

——「発刊の辞」より

 

|CONTENTS|

発刊の辞
推薦の辞
プロローグ

第一章 青雲の志を抱いて
第二章 玄界灘の波を越えて
第三章 大阪興銀
第四章 母国投資
第五章 第一投資金融
第六章 新韓国銀行の船出
第七章 新韓銀行の神話
第八章 隣人を自分の身体のように
第九章 オリンピックと私
第十章 文化の力

エピローグ
付録:私が見た李煕健会長/五十訓/新韓金融グループ年表/李煕健年譜


|著者:李煕健 イ・ヒゴン|

1917 年、韓国慶尚北道慶山生まれ。1932 年に来日し、大阪で社会人としての第一歩を踏み出した。1955 年、在日同胞のために大阪興銀を設立。1974 年、在日商工人の母国投資を活性化するために在日韓国人本国投資協会を組織して活動。1977 年に韓国で第一投資金融を設立した後、1982 年には日本全域の在日同胞株主341 名から出資金を募り、韓国初の民間都市銀行である新韓銀行を設立した。さらに新韓証券、新韓総合研究所、新韓生命保険など新しい分野に進出して長期的な成長基盤を固めた。
また、故国の経済発展と在日同胞のために〈バイ・コリアン運動〉を展開したり、阪神・淡路大震災の混乱の中、国籍や民族を超えて被災者救援活動を繰り広げたりしたほか、1988 年のソウルオリンピックに際しては在日韓国人後援会を通じて約100 億円の寄付を集めた。
1990 年には韓半島からの渡来人が四天王寺を訪れる場面を再現した〈四天王寺ワッソ〉を大阪の中心部で開催し、在日同胞が誇れる祭りとした。在日同胞の地位向上のために生涯を捧げ、2008 年には韓日両国が互いに協力し理解し合うことを願って李煕健韓日交流財団を設立した。
2011 年3 月、大阪で永眠。

|訳者:吉川凪 よしかわ なぎ|

仁荷大学に留学、博士課程修了。文学修士。
著書『京城のダダ、東京のダダ』、訳書『申庚林詩選集 ラクダに乗って』、崔仁勲『広場』、朴景利『完全版 土地』など。
キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』で第四回日本翻訳大賞受賞。


|BOOK INFORMATION|

著者:李煕健
訳者:吉川凪
刊行日:2022年6月29日
ISBN:ISBN 978–4–910214–38–2 C0023