『韓国現代史』文京洙(著)/岩波書店(岩波新書)/ 2005

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日韓の知性が共にする<知の万華鏡>『韓国・朝鮮の知を読む』(2014年刊行)よりお届けしています

金石範(キム・ソクポム 김석범)

文京洙(ムンギョンス)『韓国現代史』は、まえがきに「周縁それ自体に内在する人びとの営みや思いが逆に中心を照らし出すような相互の往復作用によって、韓国現代史のダイナミズムは形つくられてきた。」とあるように、これまでの史観に欠けている視点で書かれたものであり、それに私は感銘して読んだ。

韓国現代史
『韓国現代史』文京洙(著)

古来、一国の歴史は支配王朝の権力機関の歴史編纂官署の編纂による、王朝の正統性の記録であり、民衆でない権力層の眼によって作られたものである。

韓国の現代史は日帝支配からの独立、国際情勢に翻弄された成立過程、ほとんど非自主的な独立解放過程「日本の敗北が嬉しいニュースというよりは、天が崩れるような感じのことだった……心配だったのは、われわれがこの戦争でなんの役割も果たしていないために、将来の国際関係においての発言権が弱くなるだろうということだ」(重慶臨時政府主席金九/同書38ページ)の複雑さ、南北分断、アメリカ支配下による長い独裁期を経ているが、その軍事独裁政治権力の正当性を合理化することが、当時の歴史家やジャーナリズムに求められた。多くの知識層が権力の正当化の歴史の侍女になっていた時代である。
同書の目次の最初が「初章 朝鮮史における中心と周縁」とあるように、問題は朝鮮古代に遡って簡明に叙述が始まる。

三国時代、統一新羅を経て高麗王朝を建立した王建(ワンゴン)は、その遺訓に「湖南地方、つまり全羅道を指し、その地のものは反逆したり裏切ったりするので、官職に登用してはならない……」とした(同書7~8ページ)。その後の圧倒的な中央志向の朝鮮王朝では地域的な差別偏見が湖南、北朝鮮咸鏡道、「西北」、さらに済州島におよび、植民地下の朝鮮でも地域感情として根強く残る。そして、解放後現代にいたるまでの中心と周縁との葛藤の歴史が、地域差別がどれだけの政治権力と結びついて社会をいびつなものとしてきたことか、その宿痾がようやく金大中、盧武鉉時代にいたる民主化の実現と民衆意識の改革によって、変革の時代に入った過程を筆者は熱く、そして冷静にペンを進めている。

韓国現代史において無きものとして、歴史から抹殺されてきたのが済州四・三事件である。『韓国現代史』が周縁部に位置する光州事件と四・三事件に大きく照明を与えているのも、これまでの類書にない画期的なことだが、この半世紀、地上から抹殺されて韓国現代史にないものとされてきた済州島四・三事件は、親日派問題その他の過去の歴史清算事業とともに四・三特別法制定による2003年10月の盧武鉉大統領の済州島訪問、四・三事件虐殺を国家犯罪として謝罪されて歴史認識が改められた。しかし、その後遺症の深さはまだ全うの歴史回復に至っていない。それは四・三事件を解放後の現代史に定立、正しい位置づけができていないことに基因する。

1948年8月15日に5月単独選挙による大韓民国が成立。四・三事件が南朝鮮での単選、分断国家の成立反対の全国的闘争の一環だったが、北朝鮮海州で8月下旬済州島を含む南朝鮮での地下選挙で選ばれた代表者たちと共に全国的人民代表者会議が開かれ、済州島でも地下選挙による武装司令官、金達三(キムダルサム)など数人の幹部が人民代表として済州島を脱出、海州会議に参加したことで、情勢は新たな段階に入る。 「武装指導部の海州会議への参加は、四・三事件のもう一つの転機をなしている(略) 武装隊指導部の越北と海州会議への参加は、四・三事件の性格を変え、これを南北両政権の正統性をめぐる争いの文脈に位置づけることになった」(同書66ページ) この政権の正統性についてここで論ずる余裕はないが、私はそれ以前の海州会議に先立つ8月15日の大韓民国成立自体に正統性の可否があると考える。

韓国憲法(前文・8次改定、1987年10月)には「……わが大韓民国は三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統および、不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して……」とあるが、臨時政府とは、1940年中国・重慶で樹立された亡命政府(金九主席)を指す。果たして8月15日成立の親日派を基盤とした大韓民国政府は、三・一運動によって、建立された臨時政府の法統を継承するものか。未だにタブー視されている、四・三事件の正当性と歴史の位置付けにかかわるこの史観に対する韓国史家たちの見解を知りたい。

 

【金石範】
1925年大阪生まれ。1948年4月の済州島四・三武装蜂起と、3万人以上を殺戮した凄惨な弾圧を描いた『鴉の死』(1967)でデビュー。そのテーマは一大長篇小説『火山島』に引き継がれる。1976年から81年にかけ『文学界』(文藝春秋)に『海かいしょう嘯』を連載。タイトルを『火山島』と改め刊行。1984年第11回大佛次郎賞を受賞。著書に『火山島』全7巻(文藝春秋、毎日芸術賞)、『地の影』(集英社)、『虚日』(講談社)、『国境を越えるもの─「在日」の文学と政治』(文藝春秋)ほか多数。

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