キム・ヨンス×平野 啓一郎 トークイベント

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○ 日時:2014年3月8日午後2時~4時
○ 会場:紀伊國屋新宿南店 6階イベントスペース
○ 主催:クオン出版社

2014年3月8日に新宿紀伊國屋書店南店で、日本と韓国の人気作家である、平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんのトークイベントが開催されました。

芥川賞作家である平野さんと、韓国の文学賞を総なめにする人気作家キムさんのトークショーということもあり、当日会場には立ち見客が出るほど多くのファンが集まり、期待と興奮による熱気で溢れていました。

本番前の打合せ

本番の1時間ほど前、本日の主役である平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんは、通訳や司会者などのスタッフたちと紀伊國屋3階のカフェに集まり簡単な打合せを行いました。二人は以前から交流があり、打ち合わせも堅苦しい雰囲気はいっさいなく和やかに進みました。

打合せの後、食べ物の話になりました。キム・ヨンスさんは日本に来た時には日本そばばかり食べていると楽しそうに語り、平野啓一郎さんは韓国にも冷麺以外に蕎麦のような食べ物があるのかと聞き返されるなど、異国の食文化に対するお二人の関心がうかがえました。

トークショー本番

午後2時、参席者たちの温かい拍手の中、平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんが会場に姿を現し、司会者の進行のもとトークショーが始まりました。

初めに司会者がお二人の経歴を簡単に紹介した後、お二人の出会いについて話していただきました。 平野さんは、韓国に行くたびにいろんな人たちから「平野さんが会って話すべき韓国人作家は、キム・ヨンスさんしかいない」とすすめられるので、「自分と話が合うらしいキム・ヨンスという男はいったいどんな男なのだろう」と思っていたそうです。

初対面の時、挨拶もまともに交わしていないうちに、キム・ヨンスさんが、平野さんの着ていたレッド・ツェッペリンのジャケットに反応したそうです。そんなキム・ヨンスさんを見て平野さんは「なるほど、たしかにこの男は自分と話が合うな……」と直感したと話し、会場は笑いに包まれました。

平野さんは、キムさんに初めてお会いした時から、気さくで親切で、また深い考えの持ち主であり、自分と共通する志向を持っておられると感じたそうです。

かつてキムさんの作品である『ケイケイの名を呼んでみ』、『皆に幸せな新年』を読んだ時には、想像通りの人だと感じたそうですが、今回日本でも出版された『世界の果て、彼女』を読んで、想像以上の人だったと感じ、自分が小説でやっている事が無駄な事ではないかと思ってしまうほど、その作品の奥深さに感動した、と述べられました。

一方キム・ヨンスさんは、「平野さんが『日蝕』という作品で芥川賞を受賞なされた時、日本の文壇で若い小説家が大きな波をおこし、その波は玄界灘をも越えて韓国にまで押し寄せてきていると、韓国のニュース番組などでも大きく取り上げられていました。しかも、作品のみならず、ルックスまでイケメンであると聞いて、そんなはずはない、天才的小説家でイケメンなんてありえない、一度確認しなければならないと密かに思っていたところ、2005年に平野さんの新しい本の出版記念イベントが韓国で行われることになり、私はそこで司会をする事になったのです。その場が私と平野さんの初対面の場であったのですが、平野さんのルックスへの私の疑念は消えました。会場には若い女性たちが行列をなしていました……。実際に私が彼のルックスにどの様な印象を持ったかについては言いたくないので、省略させていただきます……」と話を締めくくると、会場は再び笑いに包まれました。

この話を聞いて平野さんが、「実は当時はまだまだ自分のことを正確に知っている韓国人は少なく、自分の噂がどう間違って伝わってしまったのか、GLAYのメンバーだと思い込んでGLAYのポスターにサインを求められたり、今度いつアルバムが発売されるのですか? と聞かれたりもしました」と言うと、会場はこの日一番の盛り上がりをみせました。

文学について

平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんのユーモア溢れる「なれそめトーク」ですっかり会場が温まったところで、韓国のパジュで行われた「ブックソリ」というイベントの写真を紹介し、3月6日に開催された東京国際文芸フェスティバルについても簡単に説明すると、ユーモアと笑いに満ちていたそれまでの雰囲気は一変して、平野さんとキムさんが、それぞれの文学に対する思いを熱く語ってくれました。

平野さんは、「文芸フェスティバルでの感想も交えながら、どこの国の人も考えていることや悩んでいることは共通していることが多く、国籍や人種、国境を越えて、孤独や不合理な事に悩んでいる人たちが共感したりできるところが文学のいいところであると思う。私の作品を読んでくれている韓国の読者たちも、違和感なく読んでくれていると思うし、今回キム・ヨンスさんが出された『世界の果て、彼女』も、日本の読者に自然に受け入れられる本であると思う。普遍的なことから始まる哲学や社会学とは 違って、文学は常に「個人」から始まり、その「個人」の姿を通して多くの人々の共感を呼び起こし、社会にまで影響を及ぼす」と語り、文学に対する真摯な姿勢と熱い思いを表してくれました。

一方キム・ヨンスさんは、2年に1回、韓国・日本・中国の作家たちが集まるイベントを開催しており、今までに2度行われたのですが、そこでは、この三国には非常に共通点が多いと感じたそうです。しかし今回東京国際文芸フェスティバルに参加し、マレーシアやタイの作家たちの話を聞いてみると、アジアは多様で幅の広い世界であるということに気が付いたといいます。同時にアジア各国の作家たちが考えている事にさほど差はないということも感じ、多くの人たちが外国の文学に対して先入観を持ちがちであるが、その様な先入観は捨てて外国文学に親しんで行くことが重要だと思うと述べられたうえで、文学はお互いに理解し通じ合うための最強の道具であると、熱く語られました。

そして、今は政治的な問題により、中国で開催する予定であったイベントが延期になってしまっており、本当に残念でならないが、皆が分かり合うためにもかならずイベントは再開されなければいけないとおっしゃいました。

お二人は、レッド・ツェッペリンによってつながっているだけではなく、実はこのように共通した文学への熱い思いと作家としての強い使命感によって繋がっているのだということを、参席者全員が感じ取っていたようでした。

『世界の果て、彼女』の朗読

今回日本で出版されたキム・ヨンスさんの短編集『世界の果て、彼女』の中で、平野啓一郎さんが特に心に残った部分を選び、平野さんが日本語版を、キムさんが韓国語版を朗読してくれました。

 

平野さんは朗読後、「キムさんの作品の中には、被害者の立場ではなく、加害者の立場で描いた作品が多くある。加害者、いわば悪の立場の主人公に感情移入して一つの作品を完成させることは難しいことである。加害者であるがゆえに、苦しんでいる人たちの気持ちを理解し、文学を通してそんな人たちの闇に一筋の光をさしてあげる。それができるのが文学であるし、文学がそれをやらなければいけない」と語られました。 確かに平野さんの著書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』が訴えている事もこれに共通するのではないかと思いました。 しばらく重い話が続きましたが、平野さんのお話の後キムさんが、「平野さんが私の作品の中から本当に適切な部分を選んでくれましたし、解説も完璧にしてくださったので、私自身の作品であるにもかかわらず、もう一度読んでみたいという気持ちになりました」と語ると、会場に笑いと和やかな雰囲気が戻りました。

質疑応答

平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんが非常に熱心にトークしてくださったこともあり、予定時間を大幅に越えてしまい、質疑応答は二人だけとなりましたが、その中に「もしも文学賞に平野啓一郎賞、キム・ヨンス賞があるとしたら、お二人はそれぞれどんな作家に、どのような副賞を与えますか?」というユニークな質問がありました。 この質問に対してまず平野さんは「仮に私の賞ができたとしても私はその選考には参加しないですし、自分が60,70歳になった時、若い作家たちの作品をしっかりと評価できるかどうかわからない」と答えられました。

キムさんは「優秀な若い作家には、インターネットも携帯もペンも何もない山奥のお寺のような所に1年ほど閉じ込めてしまう副賞を与えます。私のライバルを一人消してしまおうという魂胆ではなく、忙しい作家たちにとってなんの干渉も受けずに、ゆっくり物事を考える時間というのは、とても価値のあるものなのです」と語ると、初めは冗談かと笑っていた参席者たちも、なるほどと納得したようにうなずいていました。

今回のトークショーはこの質疑応答で幕を閉じることになりましたが、終始和やかな雰囲気の中で、ユーモアと深い内容が伴った素晴らしいものとなりました。そしてこのトークショーが日本と韓国の親善と友好のための大切なきっかけになった事は、トークショーを終えた後の参席者たちの表情から一目瞭然でした。

サイン会

トークショー終了後、平野啓一郎さんとキム・ヨンスさんのサイン会が行われ、トークショーに参席したほとんどの人がそれぞれ平野さんやキムさんの著書を持ってサイン会の列に並びました。

 

日韓を代表する人気作家とのつかのまのふれあいに、皆いきいきとした表情をしていましたし、サインをしてもらっているほんのわずかな時間でそれぞれの思いをお二人に伝えていたようです。

そして平野さんもキムさんも、一人一人親切に、笑顔で接しておられた事が印象に残りました。今回のトークショーでの人と人との繋がりが、日・韓・中を含めたアジア全ての人たちに繋がってほしいという熱い思いが、平野さんとキムさんのサインをするペンにも込められていたのではないでしょうか。

写真:イ・ジュノ、スーザンテイラ
文:クオン編集部

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