毎日出版文化賞・企画部門 受賞スピーチ/金承福

2025年12月15日に第79回毎日出版文化賞の贈呈式が行われました。
『完全版 土地』完訳プロジェクトメンバーを代表して、クオン代表の金承福が受賞スピーチを行いました。


皆さん、アンニョンハセヨ。株式会社クオンの金承福と申します。
このたびは大変名誉ある賞をいただき本当にありがとうございます。
審査をしてくださった皆さま、そして長年にわたり出版文化を支えてこられた毎日新聞社そして大日本印刷の皆さまに、心より御礼申し上げます。
また、『土地』をはじめクオンの本を支えてくださった著者の方々、翻訳者、編集者、書店員の皆さま、そして取次や流通の皆さま、そして何より、時間をかけて読み続けてくださった読者の皆さまに、本当に感謝を申し上げます。

今回評価していただいた、朴景利(パク・キョンニ)先生の大河小説『土地』全20巻の日本語完訳は、構想から数えると約10年に及ぶ長い長い旅でした。著者が25年かけて書き上げたこの作品を一巻一巻、訳者や編集者とともに、まるで峠を越えるような気持ちで進んできました。途中、これは本当に最後までたどり着けるだろうか、と不安になったこともあります。刊行が遅れるとハガキや電話で状況を訊いてくれる読者の厳しい催促、また温かい催促が、私たちを前に進ませてくれました。

ここで、ぜひお名前を挙げて感謝を伝えたい方がいます。
翻訳をしてくださった吉川凪さん、清水知佐子さん、吉原育子さん、そして監修と制作支援をしてくださった金正出先生、編集をしてくださった藤井久子さん、本当にありがとうございます。皆さん、この方々に拍手をお願いいたします。

『土地』という作品を日本語に移し替えることは、単なる翻訳作業ではありません。言葉の背後にある歴史、土地の記憶、人々の感情の層を、日本語という別の言語の中でいかに損なわずに立ち上げるか。それは、文学そのものと向き合う、極めて誠実な仕事でした。長年にわたり粘り強く向き合いながら、『土地』を「日本語で読める文学」として成立させてくださいました。

『土地』は、一家の物語であると同時に、韓国・朝鮮の近現代史の痛みと希望を、庶民の生活を通して描ききった大河小説です。日本語で全巻を読めるようになったことは、日本と韓国両国の読者にとっての「共有財産」が一つ増えたことだと感じています。

2016年、そして2024年にはこの本をテーマに韓国を巡る文学旅行を行いました。日本の読者の皆さんとともに物語の舞台に立ち、風景を見て、土を踏む。「この場面は、ここで生まれたのか」と確かめ合う時間は、とてもとても幸せな時間でした。そして来年も作品の重要な舞台である河東(ハドン)平沙里(ピョンサリ)を訪ねる旅を計画しています。読者の皆さんとともに再び物語の故郷に立つことを思うと、今から胸が熱くなります。

私は、日本で出版社を立ち上げるずっと以前、韓国で高校生そして大学生だった頃から日本の文化に触れ、日本文学をごく自然なものとして読んできました。太宰治や夏目漱石の作品は、「外国文学」というよりも、若い頃の自分の内側に静かに入り込んでくる言葉でした。その経験がいまの私の原点にあります。だからこそ、日本語で本を読む読者が翻訳を通して他のアジアの文学と出会うことも、決して特別なことではないと私は思っています。かつて日本文学が私の世界を広げてくれたように、韓国文学やアジアの文学もまた、日本語圏の読者の想像力を、きっと豊かにしてくれるはずです。

今、強く願っていることがあります。韓国文学だけでなく、アジアのさまざまな文学が、もっと日本語に翻訳され、出版されていく未来です。この場をお借りして、日本の多くの出版社の皆さまに小さなお願いをさせてください。どうか、アジアの文学にもう一歩踏み込んでいただけないでしょうか。私たちクオンは、企画の共有や情報提供、翻訳者とのマッチングなど、できる限り協力をいたします。

もう一つ、私には長年抱き続けている夢があります。それは、日本全国に「ここに来れば、いつでも韓国の本がある」そう信頼してもらえる書店を、少しずつ増やしていくことです。一時的なフェアや話題作の平積みだけではなく、日常の棚の中に、静かに、しかし確実に韓国文学が息づいている。そんな場所が日本各地にあってほしいと思っています。出版社、書店、そして読者が、短期的な成果ではなく、長い時間をかけて信頼でつながっていく。そのための仕組みとして、K-BOOKパートナー書店をこれからも地道に広げていきたいと考えています。

出版は、効率だけでは測れない仕事です。売上のグラフだけを見ていればとても続けられない企画もいっぱいあります。それでも、誰かの人生のどこかで静かに灯りをともす一冊を世に送り出すこと。その可能性に賭けるのが出版という営みだと、私は思っています。今日いただいたこの賞は、「その方向に迷わずまっすぐ進んで良い!」と応援してくださったのだと勝手に解釈しています。

これからも私たちは、本という「スローメディア」の力を信じて、一冊一冊丁寧に本をつくり続けていきます。そして誰よりも元気よく、気持ちよく、楽しく本を売っていきます。

賞をいただき本当にうれしいです。ありがとうございます。

写真:山岡幹朗

2025-12-15 (月)

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