「文学で旅する韓国――河東・梁山編」 レポート(前編)

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朴景利の大河小説『土地』ゆかりの地を訪ねる文学ツアーに参加した。最初の訪問地は慶尚南道・河東の平沙里。釜山からバスで2時間ほどのところにある、『土地』のメイン舞台となった場所だ。朴景利文学館やドラマ化されたときの撮影セット「崔参判宅」があり、『土地』の世界を堪能することができる。
翻訳プロジェクトが始まった10年前にもこの「文学で旅する韓国」ツアーに参加して平沙里を訪ねた。晩秋で冷たい風が吹いていて、枯れ葉も舞い、記憶のなかの平沙里は茶褐色だった。今回の平沙里は、智異山の緑のグラデーションを背景に茶畑、柿の若葉が目にも鮮やかで、茶褐色の記憶がつややかな緑に上書きされていった。
3泊4日の毎日が濃密、濃厚、濃醇な旅だった。そこで、前編・後編にわけてレポートを書いてみようと思う。

まず、今回の旅は「歌」で幕が切って落とされた。河東で読書会等の活動をしている「河東26土地研究会」のメンバーが『土地』をミュージカル化し、歓迎の意を込めて演じてくれるという。「26」という数字は、朴景利が1926年生まれによるもの。そのミュージカルのお礼に歌を合唱することになったのだ。日本側の『土地』読書会の事務局長である山岡さんが、『土地』に出てくる歌「パランセヤ(青い鳥よ)」の歌詞カードを事前に準備してくれた。この歌は東学農民運動の主導者である全琫準の死を人びとが悼んだ歌で、「青い鳥」は日清戦争の際の日本軍を指す。釜山の金海空港から河東に向かうバスのなかでまず練習が始まり、この後、バスで移動するたびに練習が繰り広げられた。おかげでうたた寝する暇もないくらいだった。

朝鮮時代後期の両班の家を再現した「崔参判宅」では歓迎式のあとに、ミュージカルの上演があった。ミュージカルというより「マダン劇」みたいなもので、庭の真ん中に演じる空間がつくられ、リズムを取る語り手ひとりと、ふたり一組となった演者が台詞と歌を組み合わせて劇を進行させていく。その空間をぐるりと私たち一行や一般の観客が囲む。家の軒に燕の巣があり、飛び交う燕も劇の一員のようだった。劇の最後には演者も観客も輪になって踊りあった。こういう演者と観客の一体感は韓国ならではのものだと思うが、大河小説『土地』でそれがなされたことに驚いた。

旅の二日目、「河東26土地研究会」のメンバーでミュージカルにも出演されたイ・ジョンヒさんのお宅を訪問した。Iターンでソウルから河東に移住し、『土地』に出てくるさまざまな植物を庭に植えて『土地』ガーデンをつくっている。
イ・ジョンヒさんは、どの植物がどの場面に登場するのか資料をつくってくださっていた。植物だけではなく食べ物についても。特に食べ物についての資料は、歴史と『土地』の舞台の変遷に合わせて、食べ物がどう変わったかが説明されていて、非常に興味深い内容になっている。
資料を片手に庭を散策した。ハマナスやオキナグサが咲いていた。木々の枝に誂えられた布や、根元に置かれた植木鉢や韓国特有の甕(ハンアリ)には様々な植物が描かれていたが、すべてお連れ合いであるチェ・ユンジさんの手によるもの。 まだ花が咲いていない植物、例えば今なら、紫陽花やノウゼンカズラはこれらの絵で花をたのしむことができた。散策のあとには、『土地』に出てくるカボチャ粥とヨモギ餅がふるまわれた。

「今年は干したカボチャが、そりゃあもう甘くてね、まるで蜜みたいなんだよ。それで、小豆ともち米を入れてかゆを炊いたら、口の中でとろけるように甘いじゃないか」(清水知佐子訳)

この言葉どおり、小豆の入ったカボチャ粥は口の中でとろけ、甘みがじっくり胃にしみわたっていった。河東はお茶の産地としても有名で、カボチャ粥といっしょに風味豊かな韓国茶も存分に味わうことができた。
このセンスのいい文化空間は、一日いても飽きないだろう。ぜひまた訪ねてみたい。できれば四季を通じて。ミュージカル、庭づくり、食べ物の調査。『土地』という作品が単に読書として紙の上だけでたのしむものではなく、多層的にたのしめるものであることを実感した。ここで正直に告白すると、私は『土地』を5巻までしか読めていない。とても深すぎて、広すぎて、挫折してしまったのだが、再チャレンジしよう。

さて、「パランセヤ」の合唱はどうなったか。まだこの段階では披露していない。後編で綴ろうと思う。(文・五十嵐真希)