『土地学会』会長インタビュー

「『土地』学会」会長 延世大学 チェ・ユチャン教授インタビュー

「『土地』学会」会長を務めている延世[ヨンセ]大学のチェ・ユチャン教授は『土地』の代表的な研究者の一人である。朴景利の生前には、定期的に原州の作家宅を夫人と一緒に訪れ、親しく語らいながら作品に関していろいろな話を聞いたという。朴景利の文学世界を誰よりもよく知っているチェ教授に、『土地』についてうかがった。

 

▽『土地』とは、どんな作品ですか?

『土地』は、単一の作品としては韓国で最も長く、また質的にも最高の大河小説です。『土地』以前の大河小説は『林巨正[イムコクチョン]』(独立運動家・作家、洪命憙[ホンミョンヒ]、<1888~1968>の小説。植民地時代に執筆された)ぐらいしかありませんでした。『土地』以後にはたくさん書かれましたが、依然として『土地』は最も優れた大河小説であり、さらに国民の間で最もよく知られ、かつ愛されてきた作品だと言えます。そして『土地』は現代の私たちに、いかに生きるべきか、すなわち生き方や生活態度を教えてくれる作品です。
『土地』の着想を得たのは、朴景利先生が二十歳ぐらいの時に、お祖母さんから、ある寡婦の話を聞いたのがきっかけだそうです。作品の中でも崔参判家にまつわる伝説として使われています。
七人の子供を持つ寡婦が食べ物に困って金持ちの家に物乞いに行ったという話です。その金持ちは何も与えずに、寡婦と子供たちを追い払ってしまいました。すると寡婦が、呪いの言葉を発します。今、私と子供たちは飢え死にするが、あなた方は将来、蔵に米が山と積まれても、食べる人がいなくなるだろう、と。それから数年後、コレラが流行して、その金持ちの家の人たちが死んで、女の子一人が残されたそうです。田んぼには稲穂がいっぱい実っているのに、疫病で人がたくさん死んで食べる人がいない。
そのコントラストが強烈なイメージとして残り、これを作品にしたいと思ったそうです。ですから、生と死をどうとらえるかが、『土地』を読む時に重要なポイントなのです。

 

▽『土地』は歴史小説なのでしょうか?

歴史小説でもあり、また歴史小説ではないとも言えます。ちょっと見には、ショーロホフの『静かなるドン』によく似ているでしょう。しかし実のところ、作家が最も意識していたのは、プルーストの『失われた時を求めて』の心理的リアリズムです。朴景利先生は、小説家・金東里[キムドンニ]先生の推薦で文壇に出た時から、人間の心理を描くのに長けた作家だと評されてきました。

▽『土地』を「反日小説」と見る人もいるようですが、この点についてはどうお考えでしょうか?

『土地』が扱っている時代のほとんどは日本によって統治されていた時代ですが、登場人物が日本を批判しているからといって、『土地』という作品全体を反日論とみなしてしまうのでは、この作品をちゃんと理解してるとは言えません。『土地』が示唆しているのは、東学(19世紀の半ばに教祖・崔済愚[チェジェウ]が、民間信仰に儒教、仏教、道教などの要素を採り入れて創始した民族的宗教)の思想などにも関連することですが、すべての生命を尊重して生きるということです。
東学の「侍天主」という言葉は、天(神様)を敬うという意味ですし、「人乃天」は、人間を敬うことが天を敬うことに通じるという教えです。つまり、『土地』の背後にあるのは生命に対する畏敬の念であり、その土台の上に、それぞれの人物の人生が描かれているのです。
怒りや恨みは自分の中で鎮め、天の教えに従って生きろ。これが『土地』の核心となるメッセージだと言えます。決して、恨んだり復讐したりすることを促しているのではありません。

 

▽作家は東学に大きな影響を受けたのですか?

儒教や道教なども関わっているでしょうが、東学の影響が大きいと見ていいでしょう。『土地』が完成したのは1994年ですが、これは甲午農民戦争(東学の乱)が起こってから、ちょうど百年目に当たります。朴景利先生は東学の信者ではなかったし、百周年に合わせて完成させたと明言したこともありません。でも、百周年を意識していた可能性はありますね。

 

▽2004年に放映が開始されたSBSのドラマ『土地』は、高視聴率を誇ったといいますが、作家はどう見ていたのでしょうか?

朴景利先生は、最初の数回を見ただけで、見るのをやめてしまいました。ドラマは『土地』を復讐の物語にしてしまった、と言って。作品の意図をねじ曲げられたと感じられたのでしょう。

 

▽『土地』はその後の韓国文学にどのような影響を与えたでしょうか?

ひと言で、誰がどういう影響を受けたというのは難しいのですが、土地文化館に滞在し、執筆したいと希望する作家はみんな、朴景利先生を尊敬しています。『土地』は、韓国文学で初めて生命思想をテーマに据えた作品ですから、その後の生態文学(環境文学)などに影響を与えていると言えるでしょう。

 

▽『土地』はフランス語、英語などに翻訳されていますが、海外ではどう評価されているのでしょう?

まだ、どの言語でも、作品全体が翻訳されたことがありません。ドイツで第二部の最初の方まで訳されたのが、今のところ一番長い翻訳です。だから、全体的な評価はまだされていないと言っていいでしょう。
それでも、イギリスでは第一部の翻訳が出た時に、『土地』に関するシンポジウムが開かれました。オックスフォード大学に、この作品を高く評価する教授がいて、論文も書いています。ドイツにも、『土地』を研究しているドイツ人の教授がいて、今でも翻訳作業を続けているようです。
また、ロシアのサンクトペテルブルグ大学には、朴景利先生の銅像が建てられることになっています。韓国とロシアの修好記念行事の一つとして、お互いの国で最も愛されている作家の像を建てようということで、韓国の作家から朴景利先生が選ばれたのです。ソウルには、ロシアの詩人プーシキンの銅像が建てられます。

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