第6回クオン読書クラブ『ニューヨーク製菓店』(2021/12/21開催)

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「韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション」シリーズ15『ニューヨーク製菓店』(キム・ヨンス著、崔真碩訳)は韓国金泉市のパン屋「ニューヨーク製菓店」の末っ子として生まれ育ったキム・ヨンスさんの自伝的小説です。

刊行前に実施したゲラ読み読者モニター企画では応募者数が予想を大幅に超えただけでなく、お一人お一人から熱い感想をいただきました。自分の人生、痛み、喜び――どの感想も尊く感じられるものでした。その経験を踏まえて、ぜひ読書会でこの本を取り上げたいと考えました。

当日はサプライズ登場となった翻訳者の崔真碩(チェ・ジンソク)さんとともに『ニューヨーク製菓店』についてそれぞれの思いを語り合いました。

はじめに:崔真碩さんより

翻訳者の崔真碩さんは2005年に行われたキム・ヨンスさんの講演ツアーのためにこの作品を初めて訳し、今回あらためてこの作品を訳し直してくださいました。
今年のK-BOOKフェスティバルに間に合うようにと急ピッチでの作業になりましたが、無事刊行された今の思いとして、自分で本を書くのももちろん大変だけれども、他者の言葉を翻訳するという責任の重さ、翻訳次第でいい作品をダメにしてしまうかもしれないという緊張感について正直な気持ちを吐露してくださいました。キム・ヨンスさんにとって『ニューヨーク製菓店』はとても大事な作品だとわかるからこそ訳者として責任の重さを余計に感じたそうです。

読者の皆さんより

引き続き、参加者の皆さんからの感想をお聞きしました。

他のキム・ヨンスさんの作品では小説の冒頭部分を手探りしながら読む感じがあるのに対してこの作品はスッと入っていくことができ素直に読めたという方や、『ニューヨーク製菓店』で初めてキム・ヨンスさんの作品を読んだ方もいらっしゃいました。
今はもう無いけれど自分の人生を照らし続けてくれる「灯り」については、作家の話なのに読んでいるうちに自分の話のようにも思える、どの国の方が読んでも自分にとっての「灯り」を思い出すそんな作品なんじゃないかという声や、自分自身が誰かの「灯り」になるかもしれないという希望を読者に与えてくれる温かさを感じたという感想もありました。
韓国語の朗読音声を聴いた方からは、ソファーに座って読んでいるような感じがとても良かったという声も。
そして、訳者解説を読むと作品のまた別の風景が見えてきて良かったという感想も寄せられました。

人生経験により本の味わい方は深まる

「若い人がこの作品を読むとどう感じるんだろう、年齢の違いでこの作品の感じ方は変わるのかが気になる」という質問に対しては大学の教壇に立つ崔真碩さんからこんなお話がありました。
「授業で学生にも『ニューヨーク製菓店』を読んでもらうが、大学生には大学生の受け止め方がある」とのこと。
人生における「生」と「死」の経験の積み重ねや悲しみが増えるとこの作品も味わい深くなると崔真碩さん自身は感じるそうです。
年齢が違っても読み方の方向性は同じで年齢を重ねることで感覚がより深まるということ、また、17年前にこの作品を訳した時に感じたことが、あらためて翻訳に向き合った今回のタイミングでより強まったそうで、人生経験によって翻訳者としての読み方や言葉の選び方も深まったともとおっしゃっていました。

みんなが気になっていたあの部分

「同封した手紙に父親は、『私はお前を信じる。所信の限り、希望をもって進んで行け。どうせ人生とはそういうものでないか』と書いた後、『でないか』の『で』と『な』の間に『Ⅴ』を書いておいて『は』を付け足した。その手紙を読むたびに、私は『ものでないか』と書いた後にそれが気に入らずに、中間に『は』の文字を挿入する父親の様子を思い浮かべる。子供ができた後になって、私はそれがどんなに崇高なことかを知った」(『ニューヨーク』製菓店 P9~10)

作品の中で父親がキム・ヨンスさんに言い聞かせる場面にまつわる言葉、そこからキム・ヨンスさんが感じ取った父親の思い。その細かいニュアンスの詳細は翻訳作品を楽しむ参加者のみなさんにとっても、非常に気になる箇所だったようです。
今回は直接、翻訳者である崔真碩さんに質問できる機会となりました。

原文の”아니겠느냐”という言い回しはより強く、諭す感じ、アドバイスをする感じがある。またキムによると、時代劇で王様が臣下に話すときなどによく出てくるもので、目上の存在からというニュアンスが感じられるということです。
原文で読んだときに感じる違いははっきりある。それをどう訳すか……。作品の中で繰り返されるフレーズでもあり、「こうしか訳せないんだよなぁ……」と翻訳者としての苦悩が垣間見えました。
キムからは、翻訳はどうしても失われてしまうこともある。だからあまりここにばかりとらわれないで読んでくださいね、との話もありました。
また今回原文のニュアンスなどの話を聞いたことで、「子どもができた後にそれがどんなに崇高なことかを知った」という一節の「崇高」という言葉が、父親から息子に言う言葉としてオーバーではないということが良く分かったという感想もありました。

キム・ヨンスという人

ある方は、これまで著者キム・ヨンスさんの印象として「寡黙で少しとっつきにくいのかな?」と感じていたものの、K-BOOKフェスティバル2021での様子を見て実際のお人柄、ニコニコと温厚そうな雰囲気にいい意味で驚いたそうです。
崔真碩さんからは「昔から変わらない、すごく謙虚で誠実な方」「お酒を飲んで話するのが好きだけど、くどくない、楽しいだけ」「あんなおだやかな人みたことない、でも深いんだね」といった、本人の近くで一緒に過ごしたことがある人が知るキム・ヨンスさんの素顔の話が窺えました。

キムからも韓国のお店でキム・ヨンスさんに遭遇した際のエピソードが語られました。キムに気づいたキム・ヨンスさんが声をかけてくれて、その場にいた編集者や作家全員に紹介してくださったそうです。崔真碩さんの話を聞きながら、とてもやさしくしてもらった当時の思い出がよみがえってきたとのことでした。

崔真碩さんはキム・ヨンス作品に登場している!

訳者解説でキム・ヨンスさんが崔真碩さんのエピソードを元に小説を書いたという話を知った参加者から、その作品のタイトルをぜひ教えてほしいという質問もありました。
崔真碩さんは濁しながらも最後にヒントをくれました。
7つの短編からなるこちらの作品の中に収められている一つが崔真碩さんの物語です(本名ではなく、似ている名前で書かれています)。

 

次にぜひ読んでほしいキム・ヨンス作品とは?

本だけでなく著者自身による『ニューヨーク製菓店』の朗読、K-BOOKフェスティバル2021の有料プログラム「『キム・ヨンス作品を語る』翻訳者座談会」、「キム・ヨンス×星野智幸対談『小説家の仕事』」)などキム・ヨンスさんに関連するすべてを楽しんでくださっている方が多いのも印象的でした。

キムからは、「作家も、本を作る・売る側もそれぞれプレーヤーだと言えると思いますが、キム・ヨンスさんはわたしたちをプレーヤーとして信頼してくれている、認めてくれているなと感じています。だからとても大切な仲間です。ずっと一緒にやっていきたいと思える仲間ですね」「そんなキム・ヨンスさんをみなさんに紹介できて自分もすごくうれしい」といったコメントもありました。

新泉社、駿河台出版社、クオンの3社共同で作成した「K-BOOK Review & Interview キム・ヨンス」に掲載されているキム・ヨンスさんの寄稿文には「作家は書き、読者は読むことを通じて互いに協力し合う。それが作家と読者がこの世をより良い場所にする方法だ。それゆえ、皆さんがより多くの本を開いてくださることで、より良い世界が作られていくことを期待している」という一節もあり、読者のことも信頼してくれているのが伝わってくる作家さんです。

*キム・ヨンスさんの寄稿文全文はこちらでご覧いただけます。
*「K-BOOK Review & Interview キム・ヨンス」はご希望の方に郵送可能です。詳しくはこちらから。

最後に、『ニューヨーク製菓店』を気に入った方にぜひ次に読んでほしいと思うキム・ヨンス作品を、崔真碩さんとキムに挙げてもらいました。

●崔真碩さんおすすめ
『ぼくは幽霊作家です』(翻訳:橋本 智保、新泉社)
キム・ヨンスさんは歴史資料に基づいて研究者レベルで調べて、歴史的な小説を書く手法が好きで、デビューした時からずっと続けている。それによって歴史書とは違った、歴史物語が生まれている。その真骨頂とも言える作品。

●キム・スンボクおすすめ
『波が海のさだめなら』(駿河台出版社より近日刊行予定)出生の秘密がある、ミステリー要素もある小説。あっという間に読めちゃいます。

イベント終了直前のサプライズ

イベント中にいつのまにか、キムがイベントの様子をカカオトークでキム・ヨンスさんに連絡していました。ご本人から「うれしいです。ありがとうございます」とお返事をいただいていて、それをイベントの最後にシェアする場面もありました。
実はこのときキムは、キム・ヨンスさんも参加しませんか、と聞いてみたとのこと。あいにくご都合がつかず実現しませんでしたが、「みなさんぜひ楽しんでください」とメッセージをいただきました。キム・ヨンス作家の温かさに包まれながら第6回クオン読書クラブは終了しました。