第1回クオン読書クラブ『仕事の喜びと哀しみ』(2021/1/26開催)

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2020年「書店員が選ぶ今年の本」小説部門に選ばれた、チャン・リュジン著『仕事の喜びと哀しみ』。翻訳を担当した牧野美加さんをゲストに招き、読者の皆さんと一緒に本作を語る「クオン読書クラブ」が開催されました。

前半では牧野さんとクオン代表のキム・スンボクが日本語版誕生のきっかけや裏話、チャン・リュジンさんの魅力を語り、後半は参加された皆さんと一緒に感想や「あなたにとって“仕事の喜びと哀しみ”とは?」というテーマについて語り合いました。

韓国での反響
初めに、チャン・リュジンさんのプロフィールと本書の韓国での反響について紹介がありました。2019年10月に刊行後、2021年1月時点の累計部数が30刷、9万部に達したとのこと。2020年11月には表題作がKBS(韓国放送公社)でドラマ化。さらに、小説の舞台となった板橋・テクノバレーのバス停には、小説の一節とイラストが組み合わされた看板があるといいます。韓国での人気ぶりが窺えます。
>>実際の看板イメージはこちらからご覧いただけます

日本語版が誕生するまで
次いでキムから皆さんへ、日本語版誕生の裏話をお話ししました。
2019年10月、神保町でK-BOOKフェスティバルを開催した時のこと。韓国から参加していた3名の書店員さんたちに「今、韓国で注目されている作家、売れている本は?」とキムが尋ねると、なんと3名全員が本作を挙げました。その場ですぐに書店員さんから仕入れ、実際に読んでみたところ非常におもしろかったのでぜひクオンで日本語版を出したいと決断。
しかし本作は既存の「新しい韓国の文学」シリーズに入れる作品としては何かが違うとも感じ――。
悩んだ末に出した答えが、“K-BOOK PASS”という新しいシリーズの誕生で、本作がその記念すべき第1作品目になりました。

続いて、初めて読んだ時の感想を牧野さんが語りました。
本作を知ったきっかけは、以前通っていた文学アカデミーでのこと。最後の授業で同期一人一人に本をプレゼントする時間があったそうなのですが、その時隣の人が勧められていたのがこの『仕事の喜びと哀しみ』だったそうです。牧野さんも読んでみて「おもしろい」と周りが絶賛する理由にうなずけたといいます。
「今の韓国をまるごと切り取ったような、ドラマを見ているような感じ」と話す牧野さん。作中に出てくる「うどんマーケット」は実在するアプリの名前を少し変えて使用していたり、ピアニストのチョ・ソンジンさんも実在する方だったりと、細かいところまでよく描写されていると感じたそうです。また、「俺の福岡ガイド」の主人公が語る、日本人の女の子に対する印象(濃いめのチークや歯並びの悪さという表現)など、今の韓国人が(良し悪し関係なく)抱く日本人の印象などについても細かく書かれていると。

また、牧野さんからはチャン・リュジンさんとのエピソードも披露されました。
幼い頃2年余りを日本で過ごしたというチャン・リュジンさん。日本語は少しだけできるとおっしゃっていたそうですが、牧野さん宛てに全文日本語のメールが届いたこともあったそうです。YOASOBIの曲が好きで最近はよく聴いているとのこと。本書に収録された「やや低い」のタイトルは実在するバンドの曲名から採られていたり、表題作で主人公がコンサートチケットを取る場面は実体験が基になっていたりと、彼女の音楽好きな一面がうかがえます。

チャン・リュジンさんの作品の特徴
皆さんの感想をみると、“韓国の”というよりもまるで自分たちの物語として読んでくださっていることが多いことについては、「会社の中の描写は日本にも似ている所があるのではないか。『やや低い』もそうだが、“韓国の今”が見えるだけではなくて、どこにでもありそうな素材をたくさん持っている、それをつなぎ合わせて小説を作る、その作りが上手いなと感じた」(キム)。また、チャン・リュジンさんの作品の特徴として、「時代を背負っている感じがなく軽やかな感じがある。かといって“軽く”はなく、ちょっと考えさせられるところがある」(キム)、「今の時代を切り取っていて、近づきやすさがある」(牧野さん)というコメントがありました。


あなたにとって「仕事の喜びと哀しみ」とは?
読書会後半には、感想の共有が行われました。

事前アンケートで表題作同様人気だった「タンペレ空港」については「心の中に引っかかっていたけれど、引き出しの中に仕舞い込んでいたささやかな後悔が、最後にとても前向きな形で回復する展開が好きです。一冊の最後がこの話で結ばれていて良かったとも思いました」という感想などが寄せられました。

また、「実は最も嫌いな登場人物たちで、印象的だったから」という感想もいただいた「俺の福岡ガイド」については、小説の後半に出てくる「あのクソ女」という一言が韓国語の原文ではとても口に出せないような罵声だということ、その一言で主人公の正体が全部明らかになる。初めから読み返してみると、彼が初めから自分を飾っていることをチャン・リュジンさんが丁寧に書いたなと感じたという、キムからのコメントもありました。
他にも、一作一作、読者の皆さんが丁寧に読んでくださっていることが感じられる感想をいただきました。

最後は参加者一人一人の「あなたにとっての“仕事の喜びと哀しみ”とは?」について語り合りあい、本書巻末の「作家の言葉」を牧野さんが朗読して、第1回のクオン読書クラブは終了しました。

現在チャン・リュジンさんは長編小説を執筆中だといいます。次回作にもぜひ注目したいところです。